神社・仏閣めぐりの旅日記
我が家は神社・仏閣めぐりが大好き家族。そんな我が家の神社・仏閣めぐりの旅とそれに関する何気ない出来事や思いなどをご紹介。もし、気になる神社・仏閣などがありましたら、是非、あなたも足を運んでみてください!
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Author:祥雲
神社仏閣めぐりが趣味の50代半ば過ぎのオヤジです。神様や、龍神様、仏様とつながりを持たせていただけることを心の喜びとして、神社仏閣へ足を運んでいます。



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小さな町の観音様と祠小さな町の観音
以前にも、このブログで紹介させていただきまいたが・・・(「観音堂と小さな祠」参照)

私の暮らすこの長野県にある小さな町(人口10,000人弱ですから・・・。それでも、最近少しだけ増えたんですよ・・・・12人ほどですけどね。)の、さらに小さな地区に、観音堂があるんです。

もともと、この街のこの街道筋は宿場町だったようです。

そこには、たくさんの旅の方が立ち寄っていたとか。

で、この宿場町の北の外れと南の外れに、それぞれ観音堂があり、町の平和と旅人の安全を祈願していたようです。

CIMG6367.jpg

その名残で、いまでも観音堂を、この地域の方々が守り継いでいらっしゃるんですよ。



犬の散歩の時に・・・・

私は、毎朝、この観音堂のすぐ近くを、犬を連れて散歩しているんです。

CIMG6365.jpg

ですから、通りすがりに、時々・・・いや、ちょくちょく、手を合わさせていただいているんですよ。

本当は、神社やお寺には、犬とか連れていい手はいけないんですよね。

そのほとんどで、犬ずれ禁止の札を見かけます。

もちろん、小さな地区で守っているような神社には、そんな札は立っていませんけれど、境内でマーキングとかさせてはいけないというのが暗黙のルールですよね。

しかし・・・・

我が町の、ここの観音堂は、敷地とかは特別に定まっていなくて、道端に、小さなお堂があって、その中に観音様が祀られているだけなんですよ。

CIMG6366.jpg

ですから、みなさん、このお堂の前を犬連れて歩いています。

だから、私も、犬の散歩をしながら、お参りさせていただくんですよ。

もちろん、お堂の周りでマーキングなどはさせませんけどね。(というか、家のわんこは、よくわかっているのか、お堂の周りではマーキングをしません。)

それに・・・・

以前、あるお寺さんにお参りをさせていただいたときに、そこの住職さんが、「仏様は、お参りに来てくださることをとても喜んでいらっしゃるんですよ!」と言っておらっれました。

だから、きっと、散歩途中でも、時々お顔を見によらせていただくと、きっと喜んでくださっていると思うんです。

ですから、私は、散歩の途中で寄らせていただき、お参りさせていただきますよ。

お参りの仕方は、仏様の場合は、手は叩かず、手を合わせてご挨拶をさえていただきます。

お願いごとの仕方は、神様と同じように私はしています。

というか、仏様の正しいお参りの仕方は、じつはよく知らないんですよ。

でも、神様も仏様も、同じ神仏ですから、作法に大きな違いは無いのではないかと、勝手に思っています。

あ・・・そうそう、ある本を読んだ時に、その話(物語なのかな・・・あれは・・・)の中では、お釈迦様やお稲荷様、貧乏神や死神も含めて、すべて「神様」とくくられていました。

宗派は違っても、みな同じ神様だとされていました。

この考え方、私はとてもいいなと思いました。

だって・・・

我が家は仏教だからとか・・・

○〇宗だとか・・・

私は○〇教だとか・・・

何だっていいじゃないですか。

昔々に読んだ本にも、宗派の違いや、仏教だ、キリスト教だ、ヒンズー教だ、イスラム教だなどと言うけれど、神様は自分の心の中にいるのだ・・・と書いてあったのを思い出しましたよ。

そうですよね。

どんな形のどんな神様を選ぶかは個人の自由だけれど、土の神様・仏様を選んでも、自分の中に本当の神様はいらっしゃるのだから・・・って、素敵ですね。

私は、この考え方に賛成です。

ですから、私は、宗派や教団にとらわれず、いいなと思う神様には、みな手を合わさせていただきます。

それが、仏様でも、大きな神社の神様でも、我が家の近くの小さな神様でも、我が家の神棚にいらっしゃる神様でも・・・・。

余談ですが、我が家の神棚(まだ現在はできていないのですが、今後作る予定です。)には、7人の神様をお招きしたいと思っているんです。

七福神様ではないですよ。

色々な神様を7人お招きして、我が家特性の神棚にしたいと思っているんです。

そこにお招きする予定の神様は・・・

ガネーシャ様(ヒンズー教の神様です。)、お釈迦様、キリスト様、観音様・・・ここまでは、リストアップされているんですが、残り3名様は現在検討中です。

ま、そんな、我が家の宗教は、なんでもありですから。

さてさて・・・

話しがかなり脱線しましたが、いつも神社でお参りするように、ここ観音堂でも、手を合わせ、お釈迦様・仏様・観音様にお会いできたこと、そしてご縁を持たせていただけたことに感謝をし、世界中の方の幸せを願います。

それから、お願い事をお伝えします。

もちろん、自分がそのお願い事が叶うよう、精一杯努力することを約束したうえでですが・・・。

ちなみに・・・お釈迦様はとても慈悲深く、どんな人のどんなお願い事でも受け入れてくださるそうですよ。

ただし、叶うかどうかは、その人の努力と、お願い事の内容(人のためにならないようなお願い事はかなわないそうです。)にもよるようですが。

また、神様も、とても心が広いので、「○〇をお願いします!」とお願いしてもいいそうですが、人によっては、神様は、「○〇できたことに感謝します!」と言うように、お願い事を、すでにかなったこととして感謝するのがいいという人もいます。

が、お釈迦様はとても慈悲深いので、素直にお願いしていいんですよ・・・という事ですよ。

また、お釈迦様は、あまりしきたりなどにもこだわらないとか・・・という話も聞いたことがあります。

ですから、私も、ここの観音堂にお参りに行くのはとても好きなんですよ。

神様にお参りをする時には、少しばかり方に力が入っているような気がしますが、仏様にお参りする時には、肩の力も抜けて、穏やかな気持ちでお参りさせていただけるんです。


そして、小さな祠も・・・・・

さらに、もう一つ、散歩の途中で寄らせていただくのが、我が家のすぐ近くにある小さな祠なんです。

CIMG6368.jpg

詳しくは私も知らないのですが・・(今度、近所の方に聞いてみたいと思っていますが・・・)、たぶん、ここの祠の神様は、このあたりの鎮守様である八幡神社の神様だと思うんですよね。

祠の中にお札が一枚祀られているのですが、たぶん、あのお札は、八幡様のお札だろうと・・・推測しています。

そして、地区の方々が、毎年、このお札を変えてくださっているのだろうと思います。

ですから・・・

本当なら、近くにあるのだし、もっと頻繁に八幡神社までお参りに行かせて頂けばいいのですが、せいぜい月に1~2度暮らしか、実際にはお参りさせていただいていないんですよ。

ですが、ここの祠には、毎日のようにご挨拶さえていただいていますし、時間があれば、ちゃんと手も合わさせていただいています。

CIMG6370.jpg

そして、ここでも、神様と龍神様に出会えたこと、そしてご縁を持たせていただけたことに感謝をし、世界中の人々の平和と幸せを願わせていただいています。

道沿いに、ひっそりとたたずむ小さな祠。

言われなけれな素通りしてしまうほどのささやかな祠。

でも、そんな小さな神殿でも、私は丁寧にお参りさせていただいています。

大きな有名な神社の神様も、この町の、この小さな祠にいらっしゃる神様でも、私が手を合わせたときの気持ちは同じなんです。

神様と、丁寧に、向き合うことができたらうれしいなと思っているんです。

そして、どの神様とも、心のつながりを持たせていただけたら嬉しいなと思っています。

ただ・・・

先に書かせていただいた観音堂にも、ここの小さな祠にも、まだお賽銭やお供え物をしたことがないんです。

気持ちだけでも・・・・と思って、毎回手を合わさせていただいていますが。今度は、是非、お賽銭も入れさせてチア抱けたらなと思っています。

ちなみに・・・・

お賽銭は、そこの神様をお守りしていくための経費として使われるので、金額に決まりはないそうですが、しっかりとお供えさせていただいたほうがいいとある本に書かれていました。

また、お賽銭の金額は、先に述べたように決まりこそないのですが、仏様に通じる数字が。2・5・8で、神様に通じる数字が3・6・9(み・ろ・くと覚えると覚えやすいですよ。)という事なので、その数字に絡めた金額をそれぞれお賽銭としてお供えさせて頂いたらいいと聞いたことがあります。

ですから・・・

例えば、仏様には、258円でもいいですし、125円(1+2+5=8)でもいいそうです。

神社などでは、369円でもいいですし(もちろん963円でも可)、105円(1+0+5=6)でもいいでし。

780円ならば、7+8+0=15 ⇒ 1+5=6なので、これでもOkだそうです。

そんなことを頭の隅に止めときながら、お賽銭の額を決めるのもい今も知れませんね。

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